音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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プロローグ

夏はボサノバのサウンドが似合います。ブラジルでわずか50年前に生まれた新しい音楽が今では世界で認められた音楽の一ジャンルを確立しています。ボサノバは3人の若手ミュージシャンから原型が生まれ、JAZZと融合してあっという間に世界を席巻しました。数人の才野から生まれた新しい波―ボサノバ誕生秘話を今回は取り上げます。
下記のYouTubeはいぱジョビン(写真)とジルベルトが再結成して「イパネマの娘」を歌った貴重ばライブ

Girl from Ipanema Tom Jobim and Joao Gilberto Reunited
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プロローグ

いわゆるアコースティックではない、電気的に音を発生させる最初の電子楽器は1920年ごろにロシアの物理学者レフ・テルミン教授によって発明されたテルミンです。テルミンは楽器そのものに触れることなく、アンテナの静電容量を手で遮ることによって音を調整し演奏する楽器というより機械でした。


テルミンによるサンサースの白鳥の演奏 必聴の価値あり

シンセサイザーの生みの親であるRobert Moog(以下モーグ博士)は、1954年にテルミン楽器一式を販売する目的でR.A. Moog社を設立しました。このテルミンキットは1961年から1963年の間に1000台近く販売されましたが、操作性が悪く、演奏できる人がごく限られていましたので、モーグ博士はより楽器に近い電子楽器の開発に着手します。1960年代に入るとトランジスターの出現があり、1965年にモーグ博士は、ICを用いて必要な機能回路を組み立て、ピアノのように鍵盤を使い、誰でも演奏できる機器を発明しました。彼の作ったモーグ・シンセサイザー(アナログ式)は、今日のシンセサイザーの基本になったものです。

モーグ・シンセサイザーを世界で始めて商業的に利用したのは、1967年発表のモンキーズのアルバム「スター・コレクター」です。ビートルズもアルバム「アビイ・ロード」で使っていますが、本格的に利用して、シンセサイザーの可能性を世界に知らしめたのは性同一症障害を持つミュージシャンでした。
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プロローグ

先ごろ公開された映画「エディット・ピアフ-愛の讃歌-」により、シャンソンが久しぶりに見直しされています。フランスの国民的歌手であるエディット・ピアフ(1915年- 1963年、ピアフは芸名-小雀の意味)は、47年の短い生涯を精一杯に愛し、歌い、生きた女性として、現在もフランス人の心の中に記憶されています。フランスでは何度か彼女の伝記映画が製作されましたが、ピアフの大ヒット曲にまつわるいくつかの恋愛物語が必ずストーリーの中核となっています。

ピアフが赤ん坊のころ、母親は失踪、父は戦場に赴き、売春宿を営む祖母に預けられました。ミルク代わりにワインを飲ませたためか、幼い時に1度失明寸前に陥っています。また、子供のころの栄養失調のせいか、成人しても身長はわずか142cm、グラマーでも泣く、決して美人顔でもありません。しかし、ピアフは多くの男性を虜にしていきます。今回は、ピアフの恋愛小説を少し紐解いてみます。

今回はYouTubeをフルに使ったBLOGにしました。文中紹介している名曲や紹介人物を映像で見ることができます。


名曲「ばら色の人生」にのって若いころから晩年までピアフの写真集が紹介されます。また親友のマリーネ・ディートリッヒや最後の夫となった20歳年下テオ・サラポも出ています。
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ビートルズとフィル・スペクター


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プロローグ
私はビートルズの解散後の世代ですが、やはり学生のころ一時ビートルズにハマりました。Let it beは何といってもメロディが素晴らしく、60年代の彼らの音楽とも一味違い、シュアーのカートリッジによる2チャンネルサウンドでアルバムを繰り返し聴いていました。しかし、「The long and widing road」の出だしにおいて、ポールのボーカルが突屈に始まるのには違和感を覚えていました。しかも、ポールはこのテイクを嫌っているという話も聞き、なぜこんば美しいバラードをと不思議に思っていました。フィル・スペクターのアレンジにより、解散の危機から1度は死にかけたアルバムが復活した裏話は後になって知りましたが、自分の音楽テイストがこのとき既にフィル・スペクター・サウンドにあったことは後ほど驚きました。


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フィル・スペクター


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プロローグ
フィル・スペクターのサウンドに最初に触れたのはビートルズの「Let it be」です。しかし、その時は彼のサウンドを意識せず、私なりの再発見は81年に日本で大ヒットした大滝詠一のアルバム「A Long Vacation」のサウンドの系譜に興味を持ってからです。当時は六本木のKento'sやLollipopに週末通い、オールディーズを生演奏で聴いていましたが、演奏されるなかで一番のお気に入りは「Be My Baby」でした。この曲だけは、他のオールディーズとは異なり、オールド・ファション・ソングの古さを感じない、新鮮さを放っていました。その理由が後に理解できましたが、Phil Spectorのアレンジによるマジックでした。


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