音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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プロローグ

1950年代から60年代にかけて、米国は古き良き時代と呼ばれる一方、1950年代前半に吹き荒れた赤狩りや1962年のキューバ危機、翌年のケネディ暗殺と暗い一面もありました。この時代に、世界中の男たちを虜にする稀有なオーラを持った女優が、彗星のように現れ、大統領以上の知名度を持ちながら、若干36歳の若さで謎の死を遂げます。8月5日に命日を迎えるマリリン・モンロー(1926 -1962、以下MM)は、世界中の男性ファンを魅了しただけでなく、彼女と出会った多くの男性を虜にする不思議な魔力を備えていました。映画のイメージとは違い、狡猾といえるほどの野心と知性に溢れ、読書家で政治好き、その一方、生涯孤独感を抱え続け、晩年は精神病に悩まされ、ドラッグ(主に睡眠薬)と酒に溺れました。また、MMは美しい肉体美を備えながら、精神的には生い立ちに起因する苦悩から逃れることが出来ず、その脆さが権力ある男たちを虜にしました。今回は、MMの数々の男性遍歴の中で、彼女を愛した著名な男性を軸に、マリリン・モンローの人生とも言える「生きた、愛した、苦悩した」を検証してみます。


マリリン・モンロー主演映画「お熱いのがお好き」で歌われる中でも白眉の「I'm Through With Love」が収録されたビデオクリップ
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プロローグ

先ごろ公開された映画「エディット・ピアフ-愛の讃歌-」により、シャンソンが久しぶりに見直しされています。フランスの国民的歌手であるエディット・ピアフ(1915年- 1963年、ピアフは芸名-小雀の意味)は、47年の短い生涯を精一杯に愛し、歌い、生きた女性として、現在もフランス人の心の中に記憶されています。フランスでは何度か彼女の伝記映画が製作されましたが、ピアフの大ヒット曲にまつわるいくつかの恋愛物語が必ずストーリーの中核となっています。

ピアフが赤ん坊のころ、母親は失踪、父は戦場に赴き、売春宿を営む祖母に預けられました。ミルク代わりにワインを飲ませたためか、幼い時に1度失明寸前に陥っています。また、子供のころの栄養失調のせいか、成人しても身長はわずか142cm、グラマーでも泣く、決して美人顔でもありません。しかし、ピアフは多くの男性を虜にしていきます。今回は、ピアフの恋愛小説を少し紐解いてみます。

今回はYouTubeをフルに使ったBLOGにしました。文中紹介している名曲や紹介人物を映像で見ることができます。


名曲「ばら色の人生」にのって若いころから晩年までピアフの写真集が紹介されます。また親友のマリーネ・ディートリッヒや最後の夫となった20歳年下テオ・サラポも出ています。
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