音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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プロローグ

前回のBLOGでは、マリリン・モンローが結婚した2人の有名人、野球界のスター、ジョー・ディマジオと文壇の大物アーサー・ミラーとの恋と破局を紹介しました。今回は、さらに、国の指導者となった2名の歴史的人物との“苦い恋”を紹介いたします。

ジョン・F・ケネディ(以下JFK)が大統領に就任した1961年1月20日は、偶然にもマリリン・モンローが3番目の夫アーサー・ミラーと離婚した日でもありました。一時はJFKの45歳の誕生日にも招待されるほど親密になり、ファーストレディを夢見たマリリン・モンローでしたが、分かっているだけでも30名近い女優等の女性と浮名を流したJFKにとって、マリリン・モンローはその他大勢中の1人という存在に過ぎませんでした。

しかしながら、ジョンの妻ジャクリーンは、大統領となった夫の軽率な行動を憂い、義弟ロバート・ケネディにマリリン・モンローとの不倫問題を相談します。マリリンの方から関係を絶つように説得を試みたロバートでしたが、「ミイラ取りがミイラになる」ように、彼女に惚れてしまったから、問題が複雑になります。この予想外の展開が、皮肉にもマリリン・モンローの人生を短くするきっかけとなり、わずか36年間で生涯を閉じてしまうとは、この時誰にも判らなかったでしょう。


モンローがケネディ大統領の誕生日パーティで歌った貴重な映像。当時は秘密にされていました。酔っ払ってなかなかステージに現れないモンローから最後にJFKの登場まで映っています。
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