音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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プロローグ

日本では、CMなどにしばしば使われるルイ・アームストロングの「バラ色の人生」がお馴染ですが、オリジナルはフランスの大歌手エディット・ピアフの持ち歌として知られています。また、作詩はピアフ、作曲はピエール・ルイギーが定説となっていますが、これには諸説があり、ピアフが作詞、作曲したと本人の自伝で述べられています。「バラ色の人生」はいまだに世界中で愛されている名曲にも関わらず、フランスにおいても、米国においても大ヒットに至るまでに数年の時間がかかっています。今回は、ほとんど知られていない「バラ色の人生」が大ヒットに至るまでの軌跡と、曲が誕生したきっかけとなった恋物語をご紹介します。
 
映画では「麗しのサブリナ」 (1954)でオードリーヘップバーンによって歌われた
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プロローグ

楽劇王リヒャルト・ワーグナーは、ベートーヴェンの第九響曲の真価を理解し、現在の演奏スタイルを確立した「指揮者」としても知られています。彼は、芸術に対する最高の評価として「ドイツ的な」という形容詞をしばしば用いていました。この考え方は後にヒトラーの思想に影響します。前回はイタリアの名指揮者トスカニーニを取り上げ、ニューヨークに活動拠点を移しファシズムに対する明快な姿勢を表した彼の生涯を紹介しました。一方、ライバルと目されていたドイツの名指揮者フルトヴェングラー(1886-1954)は、ドイツに留まりながら音楽活動を継続し、好むと好まざるに関わらず、ナチのプロパガンダに利用されました。大戦後、フルトヴェングラーはナチ協力者として、演奏活動停止処分を受けます。2年近く音楽活動を禁じられ、半年にわたる非ナチ化裁判の結果、裁判で無罪となり音楽界に復帰します。今回は、フルトヴェングラーとナチとの関係の真相と1947年5月の歴史的な復帰演奏会に臨むまでのエピソードを紹介します。

リハーサル風景  Brahms Symphony No.4 in 1948,London
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