音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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「オペラ座の怪人」


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プロローグ


新婚旅行で訪れたロンドンのウエストエンドで初めて「オペラ座の怪人」を鑑賞しました。そのときは客席が2階後方斜めの位置であり時差ぼけも加わり、音楽の素晴らしさやストーリーの面白さに浸ることができませんでした。帰国後あらためて家内と劇団四季の「オペラ座」を観て、初めてその素晴らしさに触れることができました。以来10数年経ちますが、このミュージカルの素晴らしさは衰えていません。
一方、四季の会報に紹介される作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーの記事を斜め読んでいると彼の別の一面に気がつきました。今回は音楽家ではなく、ビジネスマンとしてのウェバーに焦点を当てました。


実業家アンドリュー・ロイド・ウェバー



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ミュージカル「オペラ座の怪人」の生みの親とも言えるアンドリュー・ロイド・ウェバー、作曲家であると同時にビジネスマンの一面を持っています。
舞台は86年にロンドンで開幕し、大ヒット。以来、全世界で18カ国で上演され、8千万人が観劇、アルバムは4千万枚売れ、推定50億ドル(約5千億円)以上の興行収入は、歴代トップの映画「タイタニック」(約60億ドル)に次ぎます。2004年、19年目にして始めて映画化された「オペラ座の怪人」は、彼にとってビジネスの面からも魅力的な投資に映ったと考えられます。
彼の音楽関連のビジネスを幅広く手がけるリアリー・ユースフル・グループのファウンダーであり、ロンドンの演劇街ウエスト・エンドに12の劇場を所有しています。彼がこれまで何度も話しがあった映画化に関しては、彼の言葉による「90年代に映画することは技術的に難しい部分もあったんだ。映画化されてしまったあとでも舞台に足を運んでくれる人がどれだけいるかわからなかったし、経済面から考えても大きな賭けになってしまうからね。」とあるように収入面でのリスクを考えた上、映画化に慎重であった点は興味深い点です。一方、趣味の絵画コレクションには20億円もの絵をポンと購入する資産家でもありますが、ビジネス面ではリアリー・ユースフル・グループが所有している由緒ある劇場を負債返済のために競売にかけることになっており、決して順風ではありません。アーティストの面と実業家の面で、一見相容れない感性が、ウエバーのこれまでの「オペラ座の怪人」興行にまつわるエピソードで面白く現れています。



恋人のために創られた「オペラ座の怪人」


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作家ガストン・ルローがパリのオペラ座を訪れた際に、偶然見たオペラ座の地下の湖にヒントを得て執筆した小説「オペラ座の怪人」は、1911年に出版されました。1925年にアメリカでユニバーサル・フィルムにより映画化されて以来、定番の映画題材として何度もスクリーンに登場しました。
1984年、ウエバーは、ケン・ヒル演出による劇場版「オペラ座の怪人」に刺激され、それまで多くの作品を共に手掛けて来た名プロデゥサー、キャメロン・マッキントッシュにすぐさま電話連絡し、同作品のミュージカル化を相談します。2人はすぐに決断し、演出家にハロルド・プリンスを迎えて製作がスタートしました。サラ・ブライトマンと恋愛関係にあったウエーバーは作曲に加え脚本も執筆するほどの入れ込みようでした。事実、このミュージカルの前後してロイドウェバーはサラと結婚、作品は彼女に愛を込めて書いたとも言われました。
さらに英国での成功を経てブロードウェイに進出する際、ウェバーは「サラ以外で主役クリスティーヌの起用は絶対に認めない」とつっぱね、米国でも強引に彼女を主役に持ってきました。これが不興を買って、サラは実力では抜きん出ていたにも拘らず、88年のトニー賞(演劇界のアカデミー賞)においてノミネートさえされませんでした。


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「オペラ座の怪人」映画化の紆余曲折


90年代に入り、ミュージカルのビジネスは1つの作品興行に300万ドル以上も経費がかかるハイリスク、ハイリターンの性質を持つゆえに、新しいタイプの作品が現われづらくなっています。そこで最近は昔の名作リバイバルが盛んで、ウエバーのような大物のみが数少ない新作品の投資対象になっているようです。
ミュージカル史上最も成功を収めた「オペラ座の怪人」が、19年間も映画化されなかったのは、プライベートとビジネスの両面で紆余曲折があったためです。最初の映画化は舞台ミュージカルのオリジナル・キャストで1990年に製作開始を予定していましたが、ウェバーとサラが離婚したため頓挫。その後主演のファントム役にジョン・トラボルタを起用する噂が立つと、これに激怒したオリジナルキャストのファンが猛烈なネガティブ・キャンペーンを展開し、これも頓挫。次に人気俳優アントニオ・バンデラスの起用が有力視され、実際にウェバーの生誕50周年を祝うバースディー・コンサートでバンデラスがファントムを歌ってみせ、映画化に現実味を帯びました。


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しかし、企画したワーナー・ブラザース社が具体的に動かず、業を煮やしたウェバー自身が映画化権を買い戻し、自身がプロデューサーとして映画化を進めました。実は、2002年の時点で、ロンドンでは「キャッツ」が21年間の公演に幕を降ろし、ウェバーの作品はファントムのみとなりました。一方彼の会社リアリー・ユースフル・グループ社の収入は頭打ちのまま組織が肥大化し、赤字体質に陥りました。抜本的な経営の立て直しが必要な状況において、映画化権を買い戻すリスクを負ってもファントムに賭けたのは、彼のビジネス上の事情から必然と考えられます。


最後に私見ですが、ウェバーはいくつかの関する記事を読み限り金銭にはかなり執着がある人物に思えます。彼の作品の興業権は高いので有名ですが、それにいたる交渉もかなりのタフ・ネゴシエーターようです。よく言えば優秀なプロモーター、別の見方をすれば守銭奴とも言えなくもありません。
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