音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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プロローグ
少し古い話題ですが、今年のトリノ開催の冬季五輪の女子フィギュアで金メダルを獲得した荒川静香がフリーで使用した美しい音楽でオペラ人気がにわかに高まりました。使われた曲はオペラ「トゥーランドット」からのアリアで、伝説時代の北京を舞台にしたトゥーランドット姫の話です。ステージで使用された演奏は、美人ヴァイオリニストのバネッサ・メイが奏でた「誰も寝てはならぬ」で、オリジナルは男性テノールのアリアです。歌のタイトルとは裏腹にアルトゥーロ・トスカニーニ指揮による初演の際に作曲家自身が永眠してしまい、未完のオペラになりました(なお、残りの部分はプッチーニの23ページにわたるスケッチを参考に弟子が後日完成させました)。

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バネッサ・メイ

さて、イタリアン・オペラのディーバ(歌姫)と言えば、いまだに故マリア・カラス(1923-77)があげられます。彼女の主演作品のほとんどがそのオペラのベスト盤と言われ、その独特の声のみならず、波乱万丈な人生が人々の記憶に残っています。今回はマリア・カラスの知られざる一面を紹介します。
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Maria Callasのアルバムより
巨漢だった10代のカラス

マリア・カラスは2人姉妹の妹で、2人とも音楽の才能に恵まれていました。姉はスレンダー美人でピアノがうまい一方、妹のマリアは肥満児の近眼ですが、美声の持ち主でした。歌の上手さが飛びぬけていたため、名門のアテネ音楽学院で本格的な声楽の勉強をします。その後1947年にイタリアのヴェローナで成功を収めて、彼女は徐々にオペラ歌手の道を歩み始めます。同年、彼女は30歳も年上のイタリア人実業家でオペラの後援者でもあったメネギーニに出会い、歌声に魅了されたメネギーニのプロポーズで電撃結婚します。その当時のカラスは「100キロの巨漢で、決して器量がよいとは言えなかった」(メネギーニ談)というほど、ダイエットの効果もなく、スター後のカラスには想像できない容姿でした。しかし、彼女のスター願望の執念と夫の協力を得て、1週間に3キロという驚異的なペースでわずか数ヶ月間に50キロ近くの減量に成功し、スレンダー美人のオペラ歌手に変貌しました。

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デビュー後減量途中のころのカラス

1959年、マリア・カラスが36歳のとき、ギリシャの海運王オナシスの豪華船に招待されます。父親ほどの年齢差のオナシスは、ハンサムでもなく背も低いのに、カラスは同船していた元英国首相チャーチルを相手にパーティを仕切る姿を見て、彼の求愛に心が傾きます。ちなみにオナシスは、若いころアルゼンチンにわたり、電話交換手のアルバイト中、株の取引を盗み聞いて得た情報を利用して株で一財産築き、その資金を元手に中古船を買い、海運事業を始めた人物です。信念は「金で買えないものはない」というもので、美しい女性や地位もその対象でした。
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オナシス(左)に祝福されるカラス

夫が離婚に同意しないので、オナシスと愛人関係をしばらく続けますが、結婚を望み、やっとのことで離婚が成立をした2年後の1968年にオナシスはケネディ大統領の未亡人ジャクリーンと結婚してしまいます(当時ジャクリーン39歳、オナシス68歳)。そのときの怒りはすさまじいもので、ジャクリーンに対してはマスコミを通じて数々の“口撃”
をしかけました。後に自叙伝で「ジャクリーンが再婚した真の理由は、将来のケネディ家の大統領選挙キャペーン費として2700万ドルを受け取るためだった」とも語っています。オナシスの裏切りでマリア・カラスは睡眠薬中毒となってしまいますが、浪費家のジャクリーンに愛想を尽かしたオナシスはすぐにカラスとよりを戻します。

声を失くしたプリマ・ドンナ
ソプラノ歌手マリア・カラスの声は、低、中音部ではメゾソプラノのような重厚な響きで声量があり、高音域では緊張感のある華麗なでよく通る響きを持っています。両方の特質を兼ね添えた声質をドラマティコ・ソプラノ・ダジリタと呼び、オペラ史上に数人しか持った歌手がいないと言われます。このようにカラスの声は独特なので、なかなかカラス後に彼女の劇的な歌唱を超える歌手が出てきません。
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1956年ごろのカラス

しかし、その独特の歌唱法が喉を酷使してしまい、1957年以降声の衰えが出てきます。カラスの喉の特徴のひとつでもある高音が出ないことが起こり、公演のキャンセルが相次ぎました。例えば、58年にはローマ歌劇場でベルリーニの「ノルマ」公演の際、イタリア大統領をはじめ各界名士が観劇する第1幕終了後、突然舞台を降りて、大問題となります。そして、1965年の42歳の舞台プッチーニの「トスカ」を最後に事実上の引退状態になってしまいます。しばらくして、オナシスとの愛の破局が加わり、睡眠薬に依存することも一因となり、公の場に出てこなくなります。

映画「カラス フォーエバー]では、声を失ったカラスの苦悩をフィクションを通して描いています。
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映画カラス フォーエバー

カラスが活躍した期間は意外に短く、20年ほどでした。しかし、カラスの前にカラスがいなかったように、カラスの後にも第2のカラスはまだ現れていません。
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