音楽の冗談

音楽、美術、映画、演劇、文学などの有名アーティストや、偉大な才能を持つ無名なアーティストたちに焦点を当て、彼らの業績や人生を一風違った視点で掘り下げます。

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ロータとフェリーニ




プロローグ

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大学生の時、都内の名画座によく通いましたが、フェリーニの「甘い生活=La Dolce Vita」(1960年度作品)を観た時は、その退廃的な現代ローマの生活に妙な共感と憧れを覚えました。しかし、それ以上に軽快でアンニュイなロータの音楽がいつまでも耳に残りました。早速レコードを買いに秋葉原の石丸レコードで探しましたが、既に廃盤。渋谷のスミヤというサントラ専門店で輸入盤見つけたときは感涙ものでした。それから何度このサントラを聴いたことでしょう。今聞いても色あせないロータの音楽は本物です。それ以来ニーノ・ロータのサントラ作品を求めてコレクションを増やしましたが、やはりフェリーニのロータ・ミュージックは他の監督のそれと一線を画しています。


映画より音楽が人々の記憶に残る作品

映画は総合芸術と言われるように、数多くの人間が製作に関わっています。監督にもっとも近い製作側のスタッフは撮影カメラマンであり、脚本家であるのは当然ですが、後工程でともに仕事をする監督と作曲家の関係においても、そのパートナーシップが密であれば密であるほど優れた作品が誕生します。
また、映画音楽が優れていると、その作品の内容は忘れられても、音楽が人々の記憶に長く生き続けることがしばしばあります。

監督と作曲家で有名なコンビは「ティファニーで朝食を」のはブレーク・エドワーズ監督と彼のTV映画「ピーターガン」(1958年、テーマ曲はグラミー賞受賞)からすべての作品を担当しているヘンリー・マンシーニです。彼は「ティファニー」でアカデミー賞を2つ取り、続けて同監督の「酒とバラの日々」でも再度アカデミー賞を受賞しています。「ティファニーで朝食を」は名作としてTVでもたまに再放送されますが、テーマ曲の方は多くのアーティストに歌われ、誰でも最初のフレーズを口ずさめるくらい有名です。
さて、今回はこのような映画作家と作曲家の関係で、もっとも成功したと私が考える“映像の魔術師”フェリーニと元はクラシック作曲家であるニーノ・ロータの関係を紹介します(共に故人です)。


監督と作曲家の名コンビ

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監督と作曲家の名コンビとして有名なのは、デ・シーカとチコニーニ、ヒッチコックとバーナード・ハーマン、クロード・ルルーシュとフランシス・レイなどがあげられますが、やはり横綱クラスはフェリーニ=ロータの2人です。イタリアが誇る名監督として「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」「アマルコルド」など数々の名作を手がけたフェデリコ・フェリーニ(1920年イタリアのリミニ生まれ)と、1952年「白い酋長」以来生涯フェリーニの全作品を担当したニーノ・ロータは、仕事を越えた無二の親友でもありました。ロータは1911年のミラノ生まれで、8歳より作曲を始め、作曲家としては交響曲、室内楽曲、声楽曲を残す一方、音楽教育に力を注ぎ、そして映画の分野では「太陽がいっぱい」「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー」など数々のヒット曲を生んでいます。しかし、彼が映画分野に残した優れた功績の多くはフェリーニの作品のなかに見られます。フェリーニ自身はロータを称して「一番大切な仲間は、迷うことなくすぐ名前がでるが、ニーノ・ロータである。我々2人には初めて出会って以来、全面的に深いお互いの一致が存在していた。」と語っています。


「道」「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」の作曲手法
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フェリーニの作品を見ると、彼の個性があまりにも強いために音楽の印象が薄いと感じるかもしれません。しかし、裏を返せばロータの音楽は、フェリーニの作品の一部として完全に同化しているため、観客は映像と音楽を同時に“観ている”と言えます。ロータの音楽が、決して覚えにくいとか難解というわけではありません。非常にメロディアスで郷愁を感じさせる曲が多いのも事実です。フェリーニはロータに関してこうも言っています。「…音楽のテーマを指示することは、私の仕事ではない。私は作曲家ではないが、自分の映画に関しては明確なアイデアを持っている。ニーノとの仕事はシナリオの推敲と全く同じように行われる。例えば、ニーノはピアノの前に座り、私は側について自分が望むものを彼に正確に伝える。メロディーを具体的に指示するわけではないのだが、ただ自分が考えていることを話し、ニーノをそれに導くのである。」
次にロータから見たフェリーニ像を追ってみます。ロータいわく「音楽家にとっていい監督とは、アイデアの“種”を提供してくれる人である。フェリーニ、フランシス・コッポラ、ルキノ・ヴィスコンティはそういう監督である。」また、ヴィスコンティとフェリーニを比較して“ヴィスコンティの作品は劇場的であるが、フェリーニのそれはとても映画的である”そして、最後に「私にとってフェデリコは、仕事ではなく時間つぶしの相手です。…彼とは何時間も2人で音楽を楽しめました。」


「道」のジェルソミーナのメロディ
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フェリーニの作品のなかで、ロータの音楽の素晴らしさを言葉で表すのはとても難しいことですが、例えるならば、ポップスのヒット曲を網羅したはやりの映画スタイルではなく、1つのテーマ曲を何度もバリエーションを変えながら、映画の要所要所に使い、作品全体としてその映画の印象を強めるような音楽、最近の映画では「ニューシネマパラダイス」で使われたエンニオ・モリコーネの映画音楽のスタイルがよく似ています。具体的に例をあげますと、名作「道」を考察するとわかりやすいでしょう。“ジェルソミーナのテーマ”として名高いトランペットの哀調なメロディは、映画のなかでは非常に抑制された使われ方をしています。メインタイトルに断片的に登場し、旅芸人ザンパノとバイクで移動する時に何度か流れ、ジェルソミーナ自身がラッパで吹き、そしてザンパノが彼女を捨てた後、しばらくして通りがかった村でも、その村の女がこのメロディーをハミングしているのが聞こえてきます。しかし、ラストシーンのクライマックスで、ジェルソミーナの死を知ったザンパノが海に向かってむせび泣く場面では、曲は流れず、ただ波の音だけがスクリーン上に残り、エンディングを迎えます。「道」を見た人はこのジェルソミーナのメロディを決して忘れないでしょう。ロータのフェリーニ映画のサントラ盤は、単独に大ヒットしたことはなかったのですが、今でもいくつかのサントラ盤が発売され、根強く多くの人々に愛されています。

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